Asleep on a sunbeam

内面=世界なんだって

気づくまでが自作自演だったりして

真実だと思うものほどその真偽を疑ってみるといいかもしれないと思いました。

あることが引き金となって、以前から感じていた「私は孤独な人間だ」という思いが強くなっていました。でもそれは小さい頃からの真実で、私という人間が生きている限り変わらないものだという気がしていました。この感覚はとても深く、外面的に幸せであるはずの時でさえ、みぞおち辺りを締めつける痛みを感じることがよくありました。

エゴは“私の物語”を語りたがります。だって学生の頃クラスに溶け込めなかったし、友達も少ないし、好きだった人に振られたし、そして今独り身だし。と数々の証拠を語るその声を聞きます。そして痛みを感じてみます。これは真実だ、ゆるぎない現実だ。それでもしばらくとどまって痛みや声を迎え入れてみると消えていきました。

「私は孤独な人間だ」という認識を持っていたから、現実に起きることをそれと関連付けて解釈していただけで、本当は現実ってニュートラルなものだと思いました。世界が透明感を増し、幻想を見破ること、真実を知ることのできた喜びが溢れました。私は一人で過ごす時間が好きだし、もちろん孤独を悪いことだとは思っていません。でも自分の認識にどこか苦しいものを感じるのなら、それは手放せるのかもしれません。