Asleep on a sunbeam

内面=世界なんだって

内面においては立てた問いすら幻想なのかもしれないなあ。

朝、太陽が出ている中に降った通り雨がきらきらしていて綺麗でした。さっきもまた突然雨が降り出しましたが、外に出ていた犬が教えてくれたおかげで洗濯物をすぐに家の中に入れることができました。おそらく家に入りたいだけという犬の願望によって、洗濯物を濡らさずに済みました。数年前に失意の中帰ってきた田舎ですが、川沿いを散歩している時に見える夕焼けや夜空、そしてこの犬への愛も、今はとても素敵だと感じています。未だに人には馴染めないけど。だって話し方や動作が荒い人が多いんだもん。(自分=世界なら自分=他人だろっていうのは置いといて。)これはもう苦手意識を解放だね、私の問題です。うそ、問題なんて最初からありません。

世界の捉え方が変わり幸福感に浸る時間が長くなっていますが、このように心はすぐ何かに引っかかります。雲がかかるような重くなる感じ、しばらく前から私の意識をうろついていたこの怪しい感じに向き合ってみたら、まさかの「現実に変化が起きるのが怖い」「人生が変わったら“私”も死んでしまうううう」というエゴの声が聞こえてきました(とその声を聞いた私もエゴです)。どうしたらいいものか途方に暮れてしまいとりあえずこの心境を日記に残しておこうと思い取りかかりましたが、文字を打ちながら「あ、怖いとか死んじゃうとかも幻想だった」と気づきました。そもそも私というエゴは存在していないし。つまり私はなんだったのかというと、やっぱり充足の存在に戻ってしまうんです。ってこれも私として対象化した時点でエゴなのかもしれないけどこれ以上はよく分からないので歌でも歌います。もう何年も継続的に勉強していない英語の発音とリスニング力が突然変わったのはある曲を綺麗に発音して歌えるようになりたいと熱心に聴いて歌っていたからではないかと最近気づき、これをフランス語でも試してみようとLouane Emeraの曲を聴いてやっています。結構楽しいです。