Asleep on a sunbeam

世界=内面なんだって

幸せを感じる力が弱っている

先日、元同僚と食事をした時に気づいた。どうして私は苦しむことにあんなに必死になっていたんだろう?って。目の前にいる人達はもちろん現実だけど、自分がその職場で働いていた事実すらおぼろげで(それはどうか…)、彼女達が話していることに共感はすれど、とても実体のないものに思えた。なーんだ、もっと気楽にやればよかったなあ。苦手な人のことを無理に好きになろうとする必要もなかった。全て消え去ってしまうならもっと幸せに気づけばよかったのにね!

これって今までの自分の生き方に当てはまるんじゃないか?就職した時、好きな人と付き合うことになった時、「これで安心、幸せ」って思ったのにいつの間にか苦しくなって破綻する。すると今度は「あれは最初から間違いだった」と捉える。「もっと違う何か」を求めて心の旅に出る。外の世界からは目に見える幸せを定義づけられるから、「結婚すればいいのか・・・若さと美しさがあれば・・・よい条件の会社に入ればいいのか・・・ああでもそれらがないから私は不幸なんだ」こうして不幸のループに突入しもはや自分の心が分からなくなる。あーあ。幸せはありました。自分の中にあったんです。ただそれに気づいたはいいが、感じる力が相当弱っていることを目の当たりにして参ってしまう。

去年の手帳に「明日から6連休」の文字を見つけて、そういや今年ももうすぐ連休だと知っても、現在毎日休日状態の私はさほどありがたく感じなかった。むしろそろそろやばいんじゃないかって焦りや不安が出てきて精神状態が一時悪化した。仕事より時間をかけて探求したいこと()があったから自分の意思で休むことを選択したのにね。働いていた時は平日より休日の存在がありがたくて、休みが続くと謎の罪悪感。まただよー常に今を否定して不幸になる習慣。だから今を正々堂々と幸せに過ごすことを決意しました。この貴重な時間に感謝しながら。