Asleep on a sunbeam

内面=世界なんだって

ふとって誰なの

働くよりもこの世界を知りたくて悟りを得たかったんです(大真面目)。
だから先週から悟りに関する本を読み続けました。
そうなのか!と理解できれば安心し万能感に浸るものの、ひとつ疑問が浮かぶたびに答えが知りたくて苦しくなる…の繰り返しでした。
結局「悟りは得ようとして得られるものではなく、起こる時に起こるもの」だと実感しました。
それが必ず私に起こるのか、いつ起こるのかは分からなくていいんです。神様(私以外の力)の気分だから。

私は悟りを求めることが正しいと思っていた自分に気づきました(大真面目)。
引き寄せが象徴しているような物質至上主義ではなくなった自分に今度は同一化していました。
対象が違うだけで救いを求める気持ちは少しも変わっていませんでした笑。

私は悟るために何かをする必要がなくなってしまいました。社会生活を休む理由もなくなりました。
そうしたら今度は働くことへの不安が出てきて、「できない!!」という声が急に聞こえてきました。
というかずっと聞こえていたけど耳を塞いで、悟りを開けば不安や恐れは生まれなくなると思っていました(真剣に)。
悟りが答えではないと知ったため、「このネガティブな声を消さなくちゃ!」としばらく四苦八苦していました。
苦しみ過ぎて、ふと、闘うことをやめてみたらすごく楽になりました。
敵だと思うから闘わなければならなくなるし、本当はひとつなのに分離してしまうのでは、と気づきました。

ところで私の思考に登場する、この“ふと”の正体って誰なんだろう?
考えても答えは分かる時にしか分からないだろうから投げておくけど。