願望が生まれた源にあったもの

私はどんな人間になることを長い間望んでいたか。そのために自己啓発や心理学、スピリチュアルといった本をどれほど読んできたか。

私の理想は、人前で緊張しない自分・性格や容姿のコンプレックスが無い自分・ストレス無く働くことのできる自分・交流関係が豊かな自分・孤独ではない自分・・・こんな感じでした。

この理想を実現させるために必要だと言われる自愛を続けて気づいたこと。

今現在の自分を肯定し受け入れることをしても結局その先には「今の自分ではない自分」になることを望んでいる私がいました。自愛はあくまで「違う自分」になるための手段であって、本当に愛せる状態になるのは理想の自分が実現してからだと感じていました。

気質を変えたいという私の願望の根底にはしっかりと「今の自分のままでは自分を認められない・受け入れられない」が隠れていました。

私の願望が生まれた源は自己否定だったのです。

もちろんそれすら許すという選択もありますが、自己否定から生じた願望の虚構に気づいてしまいました。手段としてではなく目的として今の自分を肯定してしまえば完結します。

向いていないと思った仕事

なるべく人前で電話に出たくないし広いフロアでたくさんの人の中で働くより少ない人数の方がいいと思って文書管理の仕事を始めてみたけど、合っていないとつくづく感じています。

今は人とあまり接しなくてもできる仕事で、基本的に同じ作業の繰り返しです。覚えてしまえば頭を使って考えることもあまりありません。ただ量が多いし終わりなく続くのでひたすらやらなければいけません。自分のペースでやっていいよと言われても、それしかやることがないから遅く進めたところで退屈に変わりはなく、そもそも個人パソコンがないから他のこと(=内職)ができない・・・

前職は職業柄(?)威勢の良い人が多い中で自分以外の人が怒鳴られている姿を見ては動悸がし、電話を含め人とのやり取りが多く緊張していたけど、担当を任せられた仕事を自分のペースで進めることができていました。量をこなすことよりも、じっくり考えたり発想が必要とされる仕事が多く仕事自体は楽しいと感じることもありました。

全ての人と和やかに接することはできなくても、現在の職場より従業員の母体数が多かったゆえ気の合う人に出会う確率は高く、退職後も親しくする人が私にとっては意外にもそこそこいます。今の仕事は始めてまだ3ヶ月未満ですが、決めつけは良くないと思いつつ業務内容も対人関係も今以上の発展の可能性はほぼ無いと感じています。(仕事や人が悪いのではなく、あくまでそれらに対する個人的なフィーリングという意味で。)

職場環境にしろ仕事内容にしろこういう条件の方が働きやすいだろうという考えでいたことが、見込みが大きく外れて今少し苦しさを感じていますが、そういったことについて知ることができたので良かったです。

大げさではなく、個室が与えられれば(清潔ならトイレでもいい笑)業務に支障を来しがちな思考や緊張を生まずもっと能力を発揮できる気がします。決して人との関わりが減ることを望んでいるわけではないのだとようやく気づきました。

自分に対してどのような設定をしているか

全く楽しいと思えない仕事をしている時にふと気づいたことを忘れないように書いておきます。

私はここ数年春を迎えるたびに、不安感に苛まれ勉強への意欲や卒業後の人生への希望が湧かず時間もお金も人との出会いも無駄にしてしまった自分の学生時代を思い出し、あの頃なぜ頑張れなかったのかと自分を責めてしまいます。

それは「私は何もできない」と考えていた(おそらく鬱状態だった)あの頃に比べて健康になったからこそ生じる後悔かもしれないけど、そのために私は人より頑張らなければいけないと常に考えていました。

パートナーがいたらいいなあという思いはありながらも、私がまず一人の人間として満足できる生き方ができてからだと考えていました。

だからこの楽しくない仕事も、不安障害があったとはいえ適切な努力をしなかったから今こうして辛さを感じながらもやらなければいけないことなのだ、でもネガティブにばかり考えてはダメだから仕事の良い面を探して楽しくするんだ・・・などと考え更に、でもやっぱり辛いから人生をもう少し楽にしたいと思いスピリチュアル的なことに取り組み潜在意識を前向きに変えようとまたしても頑張ってみるもののなんだか疲れていました。

そんなある日、努力しなければいけない設定にしていたのは私だったとふと気づきました。

 

もうそろそろいいんじゃないかな。後悔の思考が湧いてきてもそれをベースに今を作らなくていいんじゃないかな。と思い始めてきたのでこの設定をやめようと思います。

まいにちフランス語

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去年の11月5日の放送から聴き始めたラジオ講座が終わりました。(ストリーミングを聴いているので一週間遅い終了です。)

入門編は丁寧な説明と発音練習で基礎としてとても勉強になったので、田口先生の最後の挨拶に少し寂しさを感じました。

初めは抵抗を感じていた応用編もいつの間にか楽しく読めるようになったなー。

4月からも続けます。 

戦わないこと

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監修者あとがき p.345~346

実は、この「責める心」が苦しみや不安を生まれやすくします。「責める心」は、「責める自分」と「ダメな自分」を生み出し、二人の間で戦いを引き起こすのです。しかも、どんなにがんばっても良くならない時ほど、「責める自分」は大きくなり、「私がダメだから・・・・・・」と自分を傷つけてしまいます。(中略)

ですからもう、自分を責めるのはやめましょう。がんばることや戦うこともやめましょう。そして、「責める自分」をも責めないでください。「責める自分」は、「その時、一番いいと思うこと」を一生懸命やってきた努力家でがんばり屋な自分です。そして、「ダメな自分」もまた、何もできず動けない時ですら、「なんとかしたい」と必死にもがき、人知れず涙していたはずなのです。だから、今までのすべての自分に、「これまで本当に一生懸命よくがんばってきたね」と声をかけ、しっかりねぎらってあげてください。「新しい良き自分」になるために、「今までの自分」を変えたり、無くしたりする必要はありません。 

初めて読んだ時これは自愛につながるものだと思った。私は自愛すら理想の自分になるためにがんばって行うものとして捉えがちだったと気づいた。

不安に感じることについてがんばらなきゃと考えて焦ってしまう時はこの言葉を思い出します。疲れた日の寝る前に読むこともあります。この本に出会えてよかった。

「記憶と情動の脳科学」読書メモ

資格試験の勉強をしている身としては記憶力が良くなりたいと思う。一方で過去の出来事を思い出して苦しむこともあり、そういう記憶は忘れたいと思う。でもなかなか忘れられない。

スピリチュアルの世界では何かを実現したいなら既に叶っていると考える(=気づく)ことが大事だと言われている。もしくはそれすら気にしないくらい突き抜けること。でも「あなたの願いは実現しています」なんて文言を読んで一時的に安心しても、しばらくすると今まで通りの自分に戻っている。人生を変えるために決意して「理想の自分になって」みるものの何度も挫折してしまう。

こういう科学的な本とスピリチュアルを一緒に考えていいものか分からないけれど、この本を読んで、挫折してしまう理由が見えてきた気がする。

p.25「一番大切なものは記憶」より

・・・自分がこれまでどんな人生を送ってきたか教えてくれるのも記憶です。記憶があることによって、瞬間瞬間の新しい経験を次々と適切に理解し、それに反応することができます。記憶があることによって、個人はばらばらな経験のつぎはぎではなく、それらを組み合わせた一つのまとまりのある存在になります。人間は瞬間瞬間に生きています。しかし、静止した映画のフィルムの一こま一こまがつながって動画に見えるように、現在の瞬間が経験と混じり合うことによって、人生は切れ目なく続いているという印象を持つことができるのです。つまり、記憶こそが過去と現在、未来を統合してくれているのです。

私は記憶を生きている。毎日新しい朝を迎えて昨日とは違う一日を過ごしていると思っているけれど、目が覚めて自分が自分であると認識するところから職場など外出先での他人や出来事に対する思考・反応の仕方まで、再生された記憶を無意識に受け取って受動的に生きているだけなのかもしれない。

「小さい頃あのような経験をしたからまた同じことが起こるかもしれない」と考えてしまうのは弱さではなくこれも学習の一つなのか。しかもそこに不安や恐怖といった情動が伴えば強く記憶に残り、その後の人生に影響を与え続ける。

でも幸い?記憶は必ずしも正確ではない。思い出す頻度が多いものの方がより強く記憶に残るから、「私の人生はほとんど苦悩だ」なんて浸ってしまうことが時々あるけれど、埋もれてしまった幸せな出来事は今の私が記憶している以上に多くあったはずだ。そう考えると私自身が捉えている“自分の人生”というものは曖昧で信頼できるものではないかもしれない。良い意味でね。 

p.229-230『「思い出す」ことは「作り出す」こと』より

何かを思い出すというのは、脳内のどこかに完璧な形で保存されている記憶を見つけ出し、その記憶を無傷のまま引き出すような単純なものではありません。新しく経験したことは、世界についての一般的な知識(意味記憶)と関係づけて記憶されます。また、自分自身の以前の経験(エピソード記憶)とも関係づけて記憶されます。

個人的な経験と一般的な知識は記憶の中で強く結びついてしまっています。ですから、個人的な経験だけを覚え、それを純粋に、かつ正確に思い出すことは、たいていの場合困難です(まったく不可能なわけではありませんが)。私たちの記憶はしばしば歪曲されてしまうのです。

記憶と情動の脳科学―「忘れにくい記憶」の作られ方 (ブルーバックス)

記憶と情動の脳科学―「忘れにくい記憶」の作られ方 (ブルーバックス)

 

 

内向性思考について

「不安のメカニズム」p.49 ”内向性思考”について

頭が疲れ切っていて、その状態から抜け出ることができない人は、思考速度がとても遅くなり、頭がぼんやりします。そのせいで、自分自身―とくに自分の行動、思考―を意識する傾向が強く、執拗になることがあります。

確かに疲れている時やストレスが溜まっている時こそ思考が止まらなくなる。

家族や友人に「考えすぎだ」と指摘されることがたびたびあるけど、私はその問題(特に自分の内面や人生)について考える必要があると思っていた。だから正しいことをしていると考えていたが、そうではないのかもしれないと薄々感じてきた。

この思考はいつも非生産的なもので解決ではなく自己否定的なループに過ぎない。自分の意思で積極的に思考しているのではなく思考に支配されているだけなのかも。