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引き寄せ系メソッドはやめた

セドナメソッドを継続するためにこのブログを書き始めました。当初はメソッドさえしていれば、理想の仕事が見つかり理想の出会いがあり幸せなことが起きると思っていました。で、1年ちょっと経過した今・・・私の現実はほとんど変わっていません。あはは。

それでも「今はまだ時期じゃないんだ」「メソッドを続ければ変わる」「もっと良い気分になったらきっと・・・」って無意識に思っていたけど、「今しかないのに今はまだって思っていたらそんなのいつまで経っても来ることないじゃない!」ってはっと気づきました。

というわけで「スピリチュアル本を読むのはやめた。現状を変えるためにメソッドをするのもやめた。気分もそのままでいいや」という結論に至りました。

Amazonでスピリチュアル本の購入履歴を見たら、2008年から年に3冊は購入していました。図書館でもよく借りていたのでかなりの数を読んでいます。そしてこの間私は何かしらの不満を持って不幸だと思い続けていたということ。10年近くも自分のしていることに無自覚で同じことを繰り返していたなんて、恐ろしい。

先輩が貸してくれたのが引き寄せ本でうれしかったというのと矛盾しているようですが、「見えない力」や「大いなる存在」はある(というかそれが意識だ)と思っています。ただそれは、何かを得るため(=エゴを満たすため)に無理に気分を良くして繋がるものではないと今は思います。

こういう心境になったのは、やはり「ニュー・アース」を読んだことが大きいと思う。自分の思考に気づきやすくなったから。そして、セドナメソッドは「自分の感情に気づく」ところはニュー・アースと一緒だし、「手放す」も「そのままにする、放っておく」という意味では同じことのような気がする。「手放す」がよく分からなくて、セミナーを受けたり実践者や解説者のブログを読んだりかなりの時間を費やしたけど、結局レスター・レヴェンソンの物語が全て教えてくれていると今ではわかる。(この「手放す」が、「手放せますか?」と問いかけるとどうしても「早く消したい」「捨てたい」気持ちが起きてかえってだめになることがあった。ただ気づけばいいだけだった!)

 やめた途端、「癒さなければならない過去」が消えていきました。と同時に、心地良い静けさと幸福感が訪れました。メソッドをする必要がなくなったので、これからはただしたいことをしようと思います。このブログにはそれらについて書いていきたいと思います。

嫌なら嫌でいいや【飲み会編】

先日、所属部署の歓送迎会がありました。今のメンバーでの飲み会は、5~6回目になるかなあ。昔からお酒はそこそこ飲めるし好きだけど、集団生活や大人数で何かをすることがものすごく苦手なので、飲み会は「社会勉強のため」だと考えて参加していました。むしろお酒の力を借りれば苦手な人とも話しやすくなる良い機会だと捉えるようにしていたかもしれない。今回も「苦手だからといって逃げてはだめ。何か得るものがあるはずだから」と思って出席しました(それに歓送迎会だったし)。

・・・結果、やっぱり苦痛なものは苦痛だった!飲み会だけではなく仕事時においてもそうだけど、独裁的な上司とそれを慕う部下という今の構図が受けつけない。異を唱える隙を与えない雰囲気。過去に異動していった人を笑う低俗さ。(って私も上司を見下しているのだけど。)いいところを探そう、好きになろうとしたこともあったけどやっぱり無理だと学んだ。

冷静にそう感じたのは、ほとんど素面だったからかもしれない。これまでの飲み会は、酔う→細かい感情が麻痺する→なんとなく周囲に溶け込んで(錯覚)楽しい時間を過ごせる→酔いが醒めるとむなしくなるパターンだった。だけどその日はなんとなく、もう無理に酔ったり楽しまなくてもいいやと思って飲まずに過ごしてみた。翌朝まで、どうして皆が楽しくしているor楽しそうに見せていることが自分にはできないのだろうと、責めるような思考が湧き続けてきたのでしばらく放っておいた。そしたら突然、「自分の価値観でいいじゃないか。どちらが正しい・間違っているもない」という何かすうっと抜けるような感覚が起きた。体が軽くなった。

嫌なものを無理に好きになろうと立ち向かわなくてもいいし、かといってその「嫌」を重大なことと捉えなくてもいいんじゃないかなあと思った。

嫌だとばかり書いたけど、隣の人と踏み込んだ内容の話ができたことは収穫だった。それにお金を払ったと思えば良いか。

漢方が必要なくなった

先週、心療内科の待合室でふと「もうここは必要なくなりそう」という考えが浮かんできました。今の病院には4年ほど通っているけど、「生きづらさ」に悩み初めて精神科を受診したのは中学生の時、高校でも別のところに行き、大学で県外にいた時もいくつか行きました。どこでも処方された薬(主にSSRIだったような)をしばらく飲んではみるものの、期待した効果は無く、むしろ余計にだるくなったりやる気が起きなくなってやめる→でも辛いから別の病院に行ってみる→薬→やめるの繰り返しでした。(勝手にやめたのはまずかったと今は反省。)

今の病院は、継続的に働き始めて1年が過ぎた頃、毎日の不安や緊張が苦しくてどうしようもなくなったのがきっかけで通い始めました。これまでの病院と違ったのは、血液検査をして栄養面から考えてくれること(その結果貧血だと分かった)、SSRIではなく漢方薬だったこと。まず、鉄剤を飲むようになって朝のだるさがなくなりやる気が出てきた。漢方のおかげでPMSや冷えが改善された。そのうちに、頓服として処方されていた抗不安薬は自然と飲まなくなった。これだけでも「私はこんなに元気になれるんだ」と感動していました。

それでも中学の頃から感じていた得体の知れない生きづらさは消えることなくまとわりついていて・・・だから通院しながらも、いろんな本を読んだり調べたりしてきました。セドナメソッドもその一つ。そうして生きづらさの正体がなんとなく分かってきて感じたのは「病院には答えはない」ということ。これまで私は自分を「精神科や心療内科を必要とする人間」だと思い込んでいたことに気づいたこと。

その日の診察で先生から、今飲んでいる漢方をやめてみようかと言われました。様子見の段階だけど、これで、抗不安薬と2種類の漢方全てやめることになります。鉄剤は飲まなければいけないけど、病院に通うスパンも少しだけ延びます。先生にも漢方にも感謝しています。薬が悪だとも思いません。でも必要としない状態が自然だと思う。

心地が良くなるので、最近は休日の朝早く起きて犬と散歩、そして寝る前or目が覚めた後15分の瞑想をしています。健康な状態ってどこまであるんだろう?

爆発から至福まで

この1ヶ月のうちに、内面で変化が起きたようです。

セドナメソッドは地道に続けていたものの停滞を感じていて、それが2月初めに爆発しました。泣きながら物を投げたり古い辞書を床に叩きつけたりして、「あ~30過ぎてこんなこと良くないな」とどこか冷静に思いながらもやめることができませんでした。数日後、職場の先輩と昼食をとっている時も、感情が抑えられなくてぼろぼろ泣きながらラーメンを食べました。愚痴を言う私に、先輩は「いい本貸してあげる」と言って翌日貸してくれました。が、驚いたことにそれは引き寄せ関係の本だったんです。職場で高く評価されている先輩はとても理論的で現実的な考え方をする人で、男性的だなと感じるくらい。だからビジネス書とか啓発本かなと思っていたんだけど、「目に見えない力って大事だよ」って。

セドナメソッドをやるくらいだからもちろん(?)引き寄せの本は読んだことがあったし、実際それを知った頃(大学1~2年)はうまくいっていましたが、「気分を良くする」ことにいつの間にか抵抗を感じるようになっていました。でも先輩が貸してくれたことで、「ああやっぱりそうなのか」って読む前に腑に落ちました。

その後Amazonで「ニュー・アース」を購入し(表示されるのを見るたび気になっていたけど避けていた本)、そのレビュー欄で東大六郎という人のサイトを知り、一気に読みました。いわゆる外部的な「成功」と言えるものは何も実現していないのに、それらに書かれていることのほとんどは、「知る」というより「確認する」という感じでした(常に実践できているわけではないです)。加えて、泉谷閑示という精神科医の本を2冊読んだら更に、頭の中で思い込みが泡のように消えていって、ただ安堵感と至福が広がっていきました。

それ以来、外部的な変化は何もないのに「ただ幸せ」な感じになる時間が増えています。外出時や仕事中は苛々することもあるし、ふと気づくと苦しい思考に縛られていることもあるけど、例えば散歩中ただ歩いているだけでとても温かい至福の状態になったりします(ついにおかしくなったのかな?)。寝る前の時間も何もしなくとも至福です。今はこんな状態です。サブタイトルを変えようと思います。

ウォーキングレッスン

目標設定をやっています。作ってみたのは健康・美と仕事と結婚の3つ。でも仕事と結婚には人間関係に対する抵抗や不安や思い込みがたくさんくっついているようで、作った文を読むともやもやした不快感が生じるので、多方面から解放を試しています。ちょっとうまくいかずに停滞していたけど、この週末に集中して取り組んだら、少しほどけてきました。

健康・美について目標を設定した数日後、ウォーキングレッスンを受けてきました。場所も比較的通いやすく、値段もお手頃、先生はとても美しくて親しみやすく、レッスン自体も楽しくて、なんだか条件やタイミングが良くて不思議。でも一番不思議なのは意気込むことなくすんなりと行動を起こせたこと。仕事や結婚に関しても、解放を続けたらきっとすんなり行動を起こせるようになれるんだろうなと思う。

解放2年目

新しい年が始まりました。昔は新しい年を迎えた瞬間、今年こそ変わるんだ!と決意して、でもできない自分に失望して、責めて終わりだった。でも今なら分かる気がする・・・強く決意した目標ほど、成し遂げるのが難しいということに(私の場合)。今年もやることは変わりません、ただひたすら解放するだけです。何かから逃れるためじゃなく、ちゃんと向き合ってより心地良い自分を生きるために。

朝目覚めたら、さっそく感情が湧いてきたので解放。幸せそうな年賀状に、祝福したい気持ちと同じくらい、「無神経だ。傷ついた」なんていう感情や「嫉妬を感じるなんて心が狭い」と自分を責める思考などいろいろ出てくる。胸がずきずき痛む。それも丁寧に解放。解放を知らなかったら、きっともう一度布団にもぐりこんでいた(笑)

観察していると、本当に思考は暴走して勝手な世界を作り上げる。私の頭の中の思考であるはずなのに、私が認識しないうちに作り上げる気がする。

薬が減りました

今日は仕事納めでした。無事に一年が終わった安心感で、帰宅後少し眠ってしまいました。起きてから犬の散歩に行き今は心身ともにすっきり。

貧血とPMS治療のために通院している心療内科で、漢方2種類と鉄剤、緊張した時のための頓服として抗不安薬を処方されていましたが、今は漢方1種類と鉄剤のみになりました。PMSは漢方を服用しても、糖分やカフェインを多く摂った時に症状が強く出るので控えるようにしています(油断すると大変…)

頓服は以前会議や出かけるときに飲んでいたけど、それもいつの間にか飲まなくても大丈夫になりました。そういう場に少しずつ慣れてきただけかもしれないけど、解放によって「緊張するから飲まなきゃ!」から「緊張しても大丈夫」と思えるようになってきました。

お正月休みの間に目標設定をします。